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5.皐月 無垢

Author: 空空 空
last update Last Updated: 2025-04-19 18:09:22

 皐月 無垢は特に俺たちの様子を気にするようなことはなく、ゲートの前まで移動していく。

俺たちは整列するわけでもないが自然とそちらの方を向き、そして彼女の言葉を待つのだった。

「とりあえず……おはようございます。私は今日あんたたちを担当する、皐月。年上にした手に出られるのは気持ち悪いから敬称は省いて」

 すでに明らかなことではあったが、彼女の口から直接「皐月」の名が語られることで場がどよめく。

夏山さんに至ってはそれを超えてほとんど魂が抜けたような表情をしていた。

 皐月さ……皐月は、人数でも数えているのか無関心そうなまなざしを俺たちに滑らせる。

結局、全員見渡すまでその表情が変わることはなかった。

 皐月はつまらなそうに小さなため息をつく。

「はぁ、まあ期待はしてなかったけど……やっぱりこの時期は不作だね。時間がもったいないからさっさと終わらせるよ」

 その皐月の言葉に再び集まったメンバーはざわついた。

皐月のこの言葉が独り言ではないのは明らか、間違いなく聞かせるボリュームだった。

鹿間さんが皐月について語ったときの声色を思い出す。

そういうことだったのか。

 研修メンバーの中の、金髪のガラの悪そうな兄ちゃんが我慢ならないといった様子で、一歩前に踏み出す。

「おいよ……お前さんよ、それはどういうことだよ? 喧嘩売ってんのか? なぁ?」

 立場の壁すら超えての喧嘩腰、それに同調するように若者たちは続いた。

「そうだよ! 強ぇのかもしんねーけどさ、あんま人を舐めるなよ?」

「どうせ今まで周りからちやほやされてきたんだろうけどよ、俺たちはそうはいかないぜ? ガキがよ」

「どういう意味なのかちゃんと説明してみろよ!」

 皐月の態度があまり良くなかったとはいえ、若者たちの沸点もまた低すぎる。

一人が沸き上がらせた怒りは瞬く間に伝染し、ガラの悪い少年集団をほとんど不良のように変貌させた。

 俺の隣で夏山さんがつぶやく。

「はぁ、あの人たち分かってないなぁ……。無垢ちゃんはあれがいいのに……」

「え、あ……夏山さんはあの人の性格については知ってたんだ……」

「当り前じゃないですか! こうして名のある人になっても媚びないっていうか、芯のある感じが最高にかっこいいんですよ! あと顔がいい。すごく」

 流石ファン、なかなかに好意的である。

というより盲目的……?

 数々のオラついた言葉を受け止めて、皐月は心底めんどくさそうにため息をついた。

「はぁ、馬鹿なだけならまだしも素行も悪いとか……。よくいるんだよ、こういう時期に一発逆転を狙って滑り込んでくる馬鹿な奴らが。そんな奴らは大概スキルにも目覚めない。それに、慣れてくると大体顔を見ればわかるんだよ。この中からじゃ……三人スキル覚醒すればいい方じゃない?」

「このガキ……!」

「はいまずあんた。あんたは間違いなくスキルなんて手に入らないよ。一人が怒りだしたらそれに便乗して発散する腐った性根。そういう奴らにダンジョンで生きてく才能なんかないよ。大人しく堅実に生きてきな。ま、そういう生き方あんたみたいなのは嫌いでしょうけど」

「チッ……んなこた分かんねぇだろうがよ……!」

「だから分かるっつってんじゃん。ほかのチンピラも同じ、最初にわめきだした奴以外最低のろくでなしだ。まぁ言い出しっぺの奴も大概だけど……」

 そうして若者集団の可能性を否定し一蹴すると、今度はこちら側に歩み寄ってくる。

そして一人ずつ指を指しながら……。

「モブ顔、モブ顔、モブ顔……。一つ飛ばしてモブ顔。基本的にこういうモブ顔の奴らはダンジョンクリーナーの才能無いから。あ、ステレオタイプの個性でアイデンティティ確立した気になってるチンピラどもも、しょせんチンピラAに過ぎないから。あんたらもモブだよ」

 そう言われたチンピラたちはもれなく皐月を怒りのまなざしでにらみつける。

だがそれに反論するボキャブラリも無いようだった。

因みに一人ずつ指さしていた時、一つ飛ばされたのはなんと夏山さん。

皐月は夏山さんには何か感じたらしい。

そして俺にも……。

「あんたは……」

 皐月は視力が悪いでもないだろうに、俺を指さしたまま目を細める。

既にモブ顔宣告は受けた後なのだが、一体どういうことなのだろう?

「あんたはモブ顔……だけど、妙な匂いがする」

「え……へ? 匂い!? 俺、く……臭い、ですか?」

「いや……臭いっていうか……なんか匂う……」

「臭いんじゃないですか……!」

 その匂いとやらを確かめるつもりか、俺の顔を怪訝そうな表情で見上げたまま、さらに詰め寄る。

俺はそれにやや気圧されるかたちで後ずさった。

そして結局……。

「……なんだろう、分からない……。あなた、何……?」

「しらないですよォ、そんなの……」

 お互いに疑問は解消されないまま皐月は俺から離れていった。

そうして無駄話は終わりだとばかりに、ゲートの前で腕を組む。

それを見ていると、突然わきから夏山さんに肘で小突かれた。

「いいなぁ~あんなに近くまで無垢ちゃんに来てもらえて! うらやましい~!!」

「な、夏山さんだって結構近くまで来てたでしょ……」

「それとはもうレベルが違うじゃないですか! 触れそうでしたよ?」

「触らないし! ていうかダンジョン潜ったら普通に触れるようなこともあるんじゃない? わかんないけど」

「かーっ! 水瀬さんも分かってませんねぇ! そういうんじゃないんですよ! 無垢ちゃんが! 自分の意思で! あそこまで近づいてきてくれたことがうらやましいんですよ!」

「は、はぁ……」

 隠す気もなく……いやもとから隠しちゃいなかったが、オタク全開である。

誰もが少なからず皐月の性格に参っている中、夏山さんはただ一人とても楽しそうだ。

「ていうか夏山さん、モブ顔判定スルーされてましたね。良かったじゃないですか、少なくとも夏山さんには何か感じているみたいですよ?」

「そんなことより! あ~、私ももっと無垢ちゃんに近づいてきてほしかったなぁ……」

「そんなことて……」

 こうして夏山さんとくだらないことを話していると、ゲート前で全体の様子をうかがっていた皐月が口を開く。

「さ、じゃあもうダンジョン入るから……今無駄にした時間の分だけ早く終わらせるよ。研修用の武器渡すから、一人ずつ取りに来て」

「ケッ……」

 悪態をつきながらも、チンピラたちは武器を受け取りに行く。

渡されているのは艶のない黒色の刃物。

ナイフと呼ぶにはだいぶ大きいが、いわゆる剣というイメージからするとだいぶ短い。

つまるところ短剣といったところだ。

 並べと指示があったわけでもないが、ややぐちゃりながらも列ができているのでそこに夏山さんと続く。

そしてついに……。

「いい? ダンジョンは最奥にいる核となっている魔物、いわゆるボスモンスターを倒すことで消滅する。道中ではもちろんあんたたちにも戦ってもらう。いかに弱かろうといかに馬鹿だろうと、死人は出さないから。無茶も許す。先行も許す。せいぜいなけなしの可能性にかけて頑張りな。あんたたちはちゃんと守る、仕事だから」

 皐月はそれだけ言って、ゲートの複雑な色合いの光に触れる。

そしてその瞬間、彼女自身の体も光に包まれ……消えてしまった。

 誰もがその光景に息をのむ。

威勢の良かった不良たちすら怖気づいていた。

 そこで一歩目を踏み出すのは、なんと夏山さん。

「行きましょ、水瀬さん」

 しかも俺を呼んで。

しかし、そう言われてやっと俺もためらいを断ちその先へ進むことができた。

いまのところ、皐月の言うクリーナーになれない人間の要素は悔しいがすべて当てはまってしまっている。

だから、そういう自分の弱さごと変えてしまいたいと思って夏山さんとともにゲートに触れた。

 視界が光にあふれ、まるで地面が溶けたかのようにバランス感覚を失う。

転びそうになって手を突こうとするが、もうそこには地面も俺の手足の感覚もなかった。

 しかし次の瞬間、俺の手のひらが冷たく湿った地面に触れる。

視界の眩しい光は幻だったかのようになくなり、俺の視界は岩石質の地面とそこに突かれた俺の両手を映していた。

顔を上げると、少し前でポケットに手を突っ込んでいる皐月と、隣でややふらつきながらもなんとか立っている夏山さんが見えた。

 俺も恐る恐る立ち上がる。

それを見て、皐月は眉を持ち上げて言った。

「ま、こればっかりは慣れてもらうしかないね」

 しばらくすると、また光とともに後続の人々が現れるのだった。

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